紀行写真集


甲州道中 ぶらり徒歩の旅 12

皇居・二重橋〜桜田濠



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江戸城

皇居・二重橋、伏見櫓

皇居外苑の西側はかつて江戸城西の丸で、今は皇居となっている。

写真中央の伏見櫓は江戸時代からのものだ。
西の丸の南西隅に設けられた二重櫓で、その両側に多聞も残されている。
多聞は石垣上に築いた長屋造り建物で城壁の役目の他、武器等の収蔵庫に用いられた。

江戸城には19の櫓があったが、
現存するのはこの伏見櫓と富士見櫓、巽櫓の3基だけである。

二重橋は、今は正面に至る正面石橋(めがね橋)とその奥に見える正面鉄橋をあわせて
二重橋と云っているが、江戸時代に二重橋と呼ばれていたのは現在の鉄橋の方であった。
濠が深いため、木橋の橋桁を二重にしており、
2層の橋に見えたことから名付けられたと言う。

多くの観光客が訪れていて、写真を撮っていると、記念撮影依頼が何度もあり、
這這の体でこの場を退散した。



正面石橋(めがね橋)、皇居正門

正面石橋(めがね橋)である。左が皇居の正門である。
この橋は江戸時代は西の丸大手橋であった。
明治20年、明治宮殿造営の時、現在の石橋に架け替えられた。

新年の1月2日と天皇誕生日の一般参賀の時は、
この皇居正門から入り新宮殿前で参賀し、坂下門から退出するコースとなっている。



正面鉄橋(旧二重橋)

正面鉄橋で、現在は鉄橋であるが、江戸時代は西の丸下乗橋と呼ばれ、
木製の二重橋であった。

現在の鉄橋は、昭和39年の新宮殿の造営に際し、掛け直されたものである。
なお、この濠は二重橋濠と呼ばれている。


桜田濠

再び桜田門を通り、甲州道中に戻る。

右手に広々とした桜田濠が見える。この先が半蔵門で、
甲州道中は此処で方向を左(西)に変え、最初の宿場・内藤新宿に向かっている。


(東京都千代田区千代田)
0906/0908
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