紀行写真集
旧奥州街道ぶらり徒歩の旅 552
二戸市・釜沢〜三戸町・目時
Hitosh
釜沢/旧街道 |
正面に、釜沢の集落が見えてきた。 背後の丘陵地が、岩手県と青森県の境界である蓑ヶ坂峠のあるところである。 左手の寺舘山(250m)には、中世の釜沢城があったところだ。 本館(ほんたて)と寺館(てらたて)からなり、古くは樺沢城と呼ばれていたようだ。 九戸の乱の後、城主の小笠原淡路守重清は、 当時三戸城主であった南部信直に攻められ落城となった。 |
釜沢集落 |
釜沢集落に入る。 右手の説明板には、「釜沢 土石流危険渓流。 大雨の際は、土石流が発生する恐れがあるので、十分注意のこと」と記されてあった。 |
釜沢・旧奥州街道蓑ヶ坂入口 |
釜沢の集落を抜けると、舗装道は左に曲る。 旧奥州街道は、正面の未舗装の薮道だ。 右手に「奥州街道・蓑ヶ坂入口」と書かれた案内板があった。 蓑ヶ坂は、奥州街道の難所で、明治9年と明治14年の明治天皇行幸の時は、 天皇は馬車から降り、馬に乗ってこの峠を越えたようだ。 蓑ヶ坂の謂れは、この峠に差し掛かると、風雨が起こり、そこにはうまい具合に、 蓑と笠が置かれてあった。 この蓑と笠は、大百足が化けたもので、 これを身につけると沼に引き込まれてしまうとの伝説が残されている。 |
三戸町 |
蓑ヶ坂 |
さらに進むと、正面に「落石注意」と書かれた注意書きがあった。 標識は無かったが、地図によると、この辺から青森県の三戸町となるようだ。 岩手県は北海道に次いで、 日本で第2番目の面積を持つ自治体で、南北160kmもある。 これで、この岩手県を徒歩で、ほぼ縦断したことになる。 長い道程であった。 |
蓑ヶ坂ガレ場 |
左側の崖が崩れ、ガレ場となっている。 落石に気をつけながら、雨の中、蓑ヶ坂を登っていく。 生憎、大百足が化けたという蓑と笠は置いてなかった・・・・ |
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