紀行写真集
旧奥州街道ぶらり徒歩の旅 617
七戸町・柳平〜尾山頭
Hitosh
柳平一里塚跡 |
柳平の十字路を渡ると 右側に柳平(やなぎたいら)一里塚跡と書かれた説明板がある。 この右手奥に、一里塚があったが、 昭和54年の水田造成の際に消滅したとのこと。 日本橋より176番目の一里塚であった。 |
柳平道標、旧街道 |
街道を進むと、左手に「柳平 七戸」と書かれた木製の道標が建っている。 |
尾山頭十字路 |
尾山頭の十字路だ。 旧街道は正面の狭い道である。 |
千曳神社追分 |
l快適な道を進むと、千曳神社追分となる。 古い石造の追分石があり、旧街道は左の道だ。 千曳神社は創建1200年、青森県最古の神社である。 大同2年(807年)坂上田村麻呂の創建とのことだ。 古くから「日本中央」と刻まれた「つぼの石文」があるとの伝説があり、 ここを訪ねた和歌や紀行文が残されている。 江戸時代は、幕府巡検使の参拝地であった。 |
千曳神社追分石 追分にある千曳神社追分道標で、中央に千曳神社、右 千曳、左 野辺地と刻まれている。 背面には弘化乙巳六月十五日と刻まれてあった。年表で調べてみると、1845年であった。 |
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