紀行写真集


旧奥州街道ぶらり徒歩の旅 47

30太田川宿



Hitosh


泉崎・太田川


太田川・常願寺
常願寺参道
  奥州街道30番目の宿場・太田川宿に入ると左側に常願寺がある。嘉暦2年(1327年)、慈伝法印により開山された天台宗叡山派の寺院である。
  樹齢600年の枝垂桜が有名な寺である(上写真右側)。

泉崎村の無形文化財となっている「太田川梅若念仏踊り」が
四半世紀ぶりに復活し、この常願寺境内で披露されたとのこと。

この民族芸能は太田川に古くから伝わる「梅若伝説」に由来するもので、
伝説に登場する梅若丸を供養する不動堂が、太田川平次山に残されているとのこと。

伝説によると、比叡山の稚児・梅若丸は、人買いの信夫藤太にかどわかされ、
奥州に連れさられたが、その途中、武蔵国隅田川で病に罹り亡くなった。
その梅若をかどわかした信夫藤太は、ここ太田川の住人で、
村人に災いが及んだので、梅若丸の命日(3/15)に念仏踊りを
行うようになったとのことであった。

この梅若丸は、京都の吉田少将惟房卿の一子で、7歳の時死別し、
比叡山の稚児となったと、謡曲「隅田川」にある。

その梅若丸を追って、母が隅田川まで来たが、その死を知り、
悲しみのあまり発狂して、隅田川の畔をさ迷うという物語となって、
歌舞伎や文楽でも「隅田川物」として取り上げられている。



30太田川宿

太田川宿の中心部である。
ここも戊辰戦争の兵火で殆ど全焼して、建物はその後に建てられたものであるが、
旧宿場町の面影が残されている。

宿場中央左手に、間口7間の元検断の家がある。
検断とは、当時の警察権、刑事裁判権を持つ大庄屋(おおじょうや)のことである。


太田川宿・枡形
  太田川宿の出口付近で、道が直角に右に曲がっており、さらに進むと左に曲がっている、所謂枡形になっているところである。
  写真正面の小高い山に愛宕神社ある。  
愛宕神社
  愛宕神社は太田川宿の鎮守である。鳥居を潜り、階段を181段登ったところにある。
  境内からは太田川宿が一望できるところだ。また、鳥居脇の樹齢120年の枝垂桜が名所となっている。

(福島県西白河郡泉崎村大字太田川)
0905/0910
写真が一部表示されない場合は、「ページの更新」(F5キー)、又は「画像の追加」(右クリック)を行うと表示されます

前へ 目次 次へ


歩行略図
白河・女石追分〜28根田宿〜29小田川宿〜30太田川宿〜JR泉崎駅




街道写真紀行


悠々人の日本写真紀行

TOP 北海道 東 北 関 東 中 部 近 畿 中国四国 九州他

Hitosh


inserted by FC2 system