紀行写真集


旧奥州街道ぶらり徒歩の旅 72

須賀川・森宿〜白石坂



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須賀川・森宿



茶屋池公園

森宿に入ると、左側に広い公園があった。

正しくは須賀川市森宿字海道下西池内にある茶屋池公園である。
池の畔に茶屋でもあったのであろうか。
森宿には、今でも茶畑(ちゃばた)という字名が残されている。

地区名が西池内とあるので、かつては東側にも池があったのであろうか、
今はその痕跡は無かった。

このベンチでのんびり休憩する。小春日和の気持ち良い朝であった。


石仏群
  さらに進むと、緩い坂の途中右手に多数の石碑・石塔群があった。その殆どが江戸時代後期の文字だけ記された馬頭観世音であった。

森宿一里塚

緩い坂の途中、街道右(東)側に残されている一里塚である。
江戸日本橋より60番目で、約240kmとなる。

須賀川市教育委員会の説明によると、慶長9年(1604年)、家康の命により
街道の改修が行われ、その時に一里塚が設けられたとのこと。

現在は、盛り土が失われ、檀のみが残されている。


にごり池
  白石坂の頂上付近に左側に、2つの溜池があった。スルハチ池と、写真のニゴリ池である。


白石坂

峠を越えると、緩やかな下り坂となっている。
白石坂で、バス停の名前も「白石坂」となっていた。

かつては、原野の中の寂しい一本道であったが、
今はまだ新しい工場団地と新興住宅地になっていた。


(福島県須賀川市下宿町、森宿、白石坂)
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歩行略図
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