紀行写真集



旧奥州街道ぶらり徒歩の旅 207

柴田町四日市場〜岩沼市南長谷




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柴田町
槻木出口枡形
  槻木宿出口付近の枡形だ。ここで左折し、再び右折となっている。


阿武隈川土手/四日市場

槻木宿の枡形を抜けると、旧奥州街道は阿武隈川沿いの道となる。
すぐ傍を、国道4号線が走っている。

この手前の信号は四日市場となっており、写真のこの辺が柴田町3番目の
四日市場一里塚があったところであるがその痕跡は無かった。

この辺の地名・四日市場は、阿武隈川水運を利用した市が立っていた名残であろう。



阿武隈川河川敷

阿武隈川の広大な河川敷である。

槻木で白石川と合流して、まさに大河(流路延長239km)となっている。
旧奥州街道は、この阿武隈川沿いを歩いてきたわけであるが、ここが最後である。

阿武隈川は、岩沼市と亘理町の境界となり、この先で太平洋に流入している。




岩沼市


岩沼、柴田町境界石

街道左に古い境界石があった。
「西 柴田郡槻木村、東 名取郡千貫村」と刻まれてあった。

ここで柴田町から岩沼市南長谷と変わる。
正面は阿武隈川を跨ぐ水道橋で、仙南・仙塩広域水道と表記してあった。


道標と八声の橋記念碑
  南長谷・玉崎の集落を抜け、さらに進むと、道標と八声の橋記念碑があった。
  道標(左側石碑)には、八声の橋跡 南西七十三米、竹駒神社東北2.3Km」とあった。  

八声記念碑によると、第54代仁明天皇の御世の承和9年(842年)、
陸奥守小野篁(おのたかむら)卿が国府鎮護のため都より下る途中、
ここ南長谷村の橋に来た時、狐が八回鳴いたので八声(やごえ)橋と呼んだのが始まりとか。

そして岩沼に日本三大稲荷の一つ、竹駒神社(後述、)を創建された。

なお、この石碑は八声橋に使用されていた石が使用されている。
また、八声橋は後に転訛して、「弥五郎橋」と呼ばれていた。


(宮城県柴田郡柴田町四日市場、岩沼市南長谷)
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歩行略図
柴田町・四日市場〜岩沼宿〜JR岩沼駅



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