紀行写真集



旧奥州街道ぶらり徒歩の旅 249

仙台・北仙台


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仙台

鹿島神社

旧街道沿い左側に鹿島神社がある。
弘安2年(1279年)伊達4代政依が福島県伊達郡に勧請し、
慶長12年(1607年)政宗が仙台築城の時、当地に遷座したもの。



仙山線/北仙台

鹿島神社の前を過ぎるとJR仙山線の踏切を渡る。
この踏切の右側にはJR北仙台駅が見えるところだ。

北仙台駅は、JR仙山線と仙台市地下鉄の駅で、開業は昭和4年である。

なお、仙山線は仙台と山形県山形市の羽前千歳駅を結ぶ全長58kmのJR幹線で、
日本初の交流電化が行なわれた路線である。


日浄寺
  仙山線の踏切を渡ると左側に日蓮正宗日浄寺がある。寛永20年(1643年)に第17世法主日精上人により開山された寺だ。
  日浄寺の住所は青葉区堤町で、当地産物の堤焼きの檀家が多いとのことである。

堤焼は、仙台藩4代藩主綱村のころに、北の守りを兼ねて足軽達を住まわせ、
ここで取れる良質の粘土で甕や食器などを作らせたのが始まりである。



仙台泉線合流点

旧街道はここで県道仙台泉線(22号線)に合流する。
かつては国道4号線であった為、地元の人には「旧4号」と呼ばれているようだ。



青笹不動尊

県道22号線に合流して、少し歩くと左側に青笹不動尊がある。

旧奥州街道の69番目の宿場・七北田(ななきた)宿のある旧七北田村までは、
七北田街道、北根街道とも呼ばれていた。

この七北田村には、仙台藩七北田刑場があり、元禄3年(1690年)から幕末まで、
一般庶民層の磔刑(はりつけ)、火刑(ひあぶり)、斬罪(うちくび)等の刑罰が
執行されたところで、処刑された人は実に7000人にのぼるとのこと。

囚人は仙台城下引き回しの後、この街道を刑場に引かれていった。
当時、この付近に青い笹が生い茂り、その中の泉で囚人は末期の水を呑まされたという。

その泉の畔に置かれていた石碑を祀ったのが青笹不動尊の始まりとのこと。

現在の不動明王像は、天保9年(1838年)に造られたもの。
昭和53年(1978)道路拡張のため現在地より約100m北側にあったが、
ここに移転されたようだ。

文政9年(1826年)の庚申塔、嘉永4年(1851年)の馬頭観世音、
安政3年(1856年)の山神もここに移されてあった。



(宮城県仙台市青葉区北山、堤町)
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歩行略図
仙台・芭蕉の辻〜定禅寺通〜青葉神社〜北仙台駅〜鷺ヶ森



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