紀行写真集
旧奥州街道ぶらり徒歩の旅 292
栗原・瀬峰・力石
Hitosh
瀬峰、溜池 |
街道左側に大きな溜池があった。 この池の畔に、史跡力石と山神と刻まれた石塔があるところだ。 街道右手には、「三迫百姓一揆旧蹟」の碑があった。 慶応2年(1856年)、高清水城主石母田氏が、約5000人の百姓一揆勢を、 ここで鎮撫した記念碑である。 |
力石と山神 |
旧奥州街道力石と大きく刻まれた石碑である。 その右にあるのが力石で、右端は山神碑だ。 力石には、源義家に纏わる伝承がある。 後三年の役の時、源義家の家臣鎌倉権五郎が、大石二つを谷底に投げ込んで、 味方を鼓舞したという。 |
旧奥州街道 |
力石を過ぎ、一車線の舗装された車道を横断すると、旧街道が残されている。 草深い道で、雨上がりであったので、ズボンの裾を濡らしての街道歩きとなった。 |
旧奥州街道 |
緩い坂を上っていくと、草がますます深くなり、歩くのがしんどかった。 また、どこが旧道かわかりにくく、地形図と磁石がたよりの街道歩きであった。 江戸時代は人の往来があったから、もっと歩きやすい道であったであろう。 |
旧奥州街道 |
緩い坂を上ると、左側が開けた。 そして、田圃が続いており、実に長閑な田園風景となった。 旧街道は、農業用の車が通るのか轍ができていた。 奥州街道76番目の宿場・築館宿を目指して、この道をひたすら北進する。 |
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