紀行写真集



旧奥州街道ぶらり徒歩の旅 316

栗原・金成〜80有壁宿


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栗原


旧奥州街道

東京発7:04の新幹線でくりこま高原駅まで来て、バスを乗り継いで
旧奥州街道に復帰する。

大分旧道は失われているところがあるが、街道筋の夜盗坂(よとうざか)、
十万坂を越える。

この辺の地下は、東北新幹線の第一有壁トンネルのあるところだ。

十万坂は説明板によると、源義家が衣川柵の阿部貞任を攻略した前九年の駅の時、
ここで10万張の弓矢を作り、衣川に向かったことから、
この地名となったとのことであった。



金成末野集落

街道は下り坂となり前方が開けてくると、金成末野の集落が見えてきた。
有壁宿に向かって、実に快適な下り坂となっている。



有壁集落

金成有壁に入ると、赤いトタン屋根の民家が見えてきた。
藁葺屋根の上をトタンで被った民家である。

街道横の柿の木が見事であった。

有壁宿幟
  赤いトタン屋根の民家の手前に「旧奥州街道、有壁宿」と書かれた、未だ新しい幟がたっていた。
  もうすぐで、旧奥州街道80番目の宿場・有壁宿である。こんな幟を見ると、街道歩きの身には、ほっとすると同時に嬉しくなる瞬間である。


80有壁宿入口

古い、街道筋らしい家並みとなった。
この辺が有壁宿の入口なのであろう。

有壁宿は、元和5年(1619年)に奥州街道の宿駅の一つとして設けられた。
安永風土記によれば、家数74、町並みの長さは5町4間で、本陣が設けられていた。
1町60間であるから、約550mの町並みであった。

この先にJR東北本線の踏切があるところである。


(宮城県栗原市金成末野、有壁)
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歩行略図
79金成宿〜80有壁宿



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