紀行写真集
旧奥州街道ぶらり徒歩の旅 336
一関・山目宿上町〜下町
Hitosh
山目宿旧家 門の横に花道・茶道家元、江越宗某と書かれた古い縦看板が掲げてあった。 道の反対側には、「宿駅と流通・旧下町」と書かれた白い史跡標識があった。 |
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山目宿旧家 さらに進むと、右側に旅館ひらの屋があった。この辺で、現在の住所表記は山目町3丁目となっている。 |
山目宿旧久賀町 |
右の白い史跡標識には「金山奉行の足軽居住・旧久賀町」と書かれてあった。 左側には龍澤寺(りゅうたくじ)幼稚園である。 龍澤寺の境内に建てられている付属幼稚園だ。 |
龍澤寺本堂 曹洞宗里中山(りちゅうざん)龍澤寺の本堂である。山目町と中里の境界に位置する寺で、境内には弘安4(1281年)と銘のある石塔婆がある。 |
阿部隋波居士墓所 また境内には、豪商で鉱山師の阿部随波の墓がある。 阿部隋波は、中里の出身で鉱山王とも呼ばれ、鹿角の白根・尾沢鉱山を長年経営していた。なお、阿部隋波は、安倍一族の末裔とのことだ。 藩主伊達綱村に1000両を献じて士分となっている。 |
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