紀行写真集



旧奥州街道ぶらり徒歩の旅 340

平泉町・志羅山〜観自在王院跡


Hitosh



平泉町


平泉町志羅山

太田川橋を渡ると、世界遺産の町・平泉の市街が一望できる。
左手の立派な建物は平泉町役場で、その奥が毛越寺のあるところだ。

この辺の住所は平泉町平泉字志羅山となっている。
平泉町役場を中心とした南北400m、東西400mの志羅山遺跡で、
道路跡、井戸跡、土土坑6基、溝跡7条、柱穴80個、遺物包含層1カ所、
古代(9〜10世紀)の竪穴住居跡1棟などの他、多数の遺物が発見されている。

その中で、平安時代末期に作られた竹製の花入れが出土、
これは国内最古のものとのことだ。

また、写真の道の右下に旧奥州街道が残されているが、
立体交差になっており、下の道には行くことは出来ないので、
このまま真っ直ぐ進む。


毛越寺口交差点
  毛越寺(もうつうじ)口交差点である。ここを右折すると、旧奥州街道となり、JRの平泉駅がある。
  左折すると、県道31号線で毛越寺、厳美渓方面だ。直進は北上、奥州方面である。
毛越寺参道、県道31号線
  毛越寺口交差点を左折すると、立派な歩道ができていた。さすが遺産の町、観光地である。


毛越寺、観自在王院跡

正面に毛越寺が見えてきた。

右側は観自在王院跡公園で、特別史跡毛越寺跡附鎮守社跡、観自在王院跡、
舞鶴ヶ池、そして金鶏山(98.6m)のあるところだ。



観自在王院跡

観自在王院跡(国名勝)で、手前はその南門跡である。

「吾妻鏡」文治5年(1189)9月の「寺塔巳下注文」毛越寺の項に、
阿弥陀堂と号した観自在王院のことが記されている。

藤原基衡の妻であった安倍宗任の女が建立し、荒磯(滝口)、州浜、中島などがある
舞鶴ヶ池を中心にした庭園に、南門跡、大阿弥陀堂跡、長阿弥陀堂跡の遺構が
発見されている。

舞鶴ヶ池の北側には、享保年間(1716〜36年)に再建された阿弥陀堂と、
基衡の墓が立っている。



(岩手県西磐井郡平泉町平泉字志羅山)
1012/1107

写真が一部表示されない場合は、「ページの更新」(F5キー)、又は「画像の追加」(右クリック)を行うと表示されます


前へ 目次 次へ


歩行略図
81一関宿〜磐井川〜82山目宿〜JR平泉駅〜毛越寺



街道写真紀行


悠々人の日本写真紀行

TOP 北海道 東 北 関 東 中 部 近 畿 中国四国 九州他

Hitosh


inserted by FC2 system