紀行写真集
旧奥州街道ぶらり徒歩の旅 344
平泉町・柳御所〜高舘
Hitosh
柳之御所 広大な柳之御所跡の西側の砂利道を高舘(たかだち)跡に向かう。 写真左正面の小高い丘が、高舘・義経堂(ぎけいどう)で、義経の居館のあったところで、義経最期の地である。 写真の左手(西側)には秀衡が宇治の平等院を模して作らせた無量光院跡がある。 |
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高舘上り坂 高舘跡への上り口で、木の丸太で作られた歩きにくい急階段を上る。 |
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高舘義経堂入口 急な階段を上りきると、高舘義経堂の入口がある。 ここで入山料(200円)を払い、今度は石でできた階段を上る。 なお、高舘は北上川に面した丘陵で、判官館(はんがんだて、ほうがんだて)とも呼ばれていた。 |
北上川 |
目の前が開けてきた。 流路延長249km、流域面積19,150平方kmの東北最大の河川、北上川で、 全国でも4番目に入る。 日本の河川の中では、勾配がかなり緩いことが特徴となっている。 北上川は、岩手県岩手町の弓弭の泉(ゆはずのいずみ)を源流として、 盛岡、花巻、北上、奥州各市、平泉町、一関を通り、宮城県の石巻市で 追波湾に流入している。 写真では判り難いが、この先で左側から衣川が合流しているところである。 |
芭蕉句碑 松尾芭蕉の「夏草や 兵どもが 夢の跡」と詠んだのはこの地といわれている。 高舘は、兄頼朝の不興をかい、奥州に落ちた義経の居館があった地と伝えられている。 この山(丘)の頂に、天和3年(1683年)に仙台藩4代藩主伊達綱村が義経を偲んで義経堂を建てている。 |
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