紀行写真集



旧奥州街道ぶらり徒歩の旅 378

金ケ崎宿・南町〜本町



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金ケ崎

南町集会所
  金ケ崎宿の南町に入ると、左側に南町集会所とその前に小さな社がある。
  街道はこの前を右折で、最初の枡形となっている。
奥州街道三十一里半杭跡
  街道左側に「奥州街道三十一里半杭跡」がある。伊達政宗が幕府から命じられた一里塚の他に、独自に仙台青葉城を起点として一里杭、半里杭を建て、仙台藩領内統治の目安としたものだ。
  従って、三十一里半とは、青葉城から約126kmの地点を示している。なお仙台藩北端の相去御番所(相去村足軽町)の三十三里半杭が最終杭となっている。
  街道はここで右折(手前方向)となる。


枡形

三十一里半杭の前を右折したところの写真である。
街道は、左から来て、ここで上方向(北)となり、この先の丁字路で今度は右折(東)となる。



枡形

枡形で、ここで右折(東)となるところだ。
南町に入り、4番目の曲がり角である。

各曲がり角に、標識が建っているのは、ありがたかった。



金ケ崎宿・本町

最後の5番目の枡形を抜けると、かつての金ケ崎宿の中心街・本町となる。

金ケ崎は、この写真の右手に北上川と宿内川の合流点近くに、
自然の地形を利用した金ケ崎城(要害)があり、その前に武家屋敷が展開している。

そして、この街道筋は町屋(商人町)となっており、ここがその中心部である。

この信号を右折すると江刺(県道108号線)だ。
江刺は旧江刺市で、平成18年の大合併で奥州市となっている。


(岩手県金ケ崎町西根南町、本町)
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歩行略図
胆沢川〜金ケ崎宿〜JR六原駅



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