紀行写真集



旧奥州街道ぶらり徒歩の旅 445
盛岡城・本丸跡


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盛岡城


盛岡城南側石垣

盛岡城南側の石垣である。
この上が、腰曲輪、そして本丸のあるところである。


彦御蔵
  盛岡城内で唯一現存する建造物で、江戸時代後期に造られた蔵だ。
  土蔵造りの木造2階建てで、外壁は漆喰塗り仕上げ、屋根は野地板の上に土塗りし、その上に木造屋根組をもたせた二重構造となっており、さらにその上には瓦を葺いている。


宮野小提灯句碑

吹上坂から本丸跡に上る。
腰曲輪のあったところで、この写真の左が本丸跡である。

写真中央の石碑が、宮野小提灯句碑で、
「月待つや 独り古城の 松のもと」
と刻まれてあった。

宮野小提灯は明治28年、盛岡市仙北町に生まれた地元の俳人だ。


南部利祥銅像台座
  本丸跡にある巨大な南部利祥銅像の台座である。明治期の南部氏の当主で、日露戦争で24歳で亡くなった。
  この台座の上には騎馬姿の銅像があったが太平洋戦争の時に供出され、今は台座のみが残されている。

(岩手県盛岡市肴町、下ノ橋、内丸)
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