紀行写真集



旧奥州街道ぶらり徒歩の旅 501
一戸町・中山〜小繋


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一戸町


火行・神社

火行集落のはずれにある神社。
年配の男性が境内の落ち葉を掃いていた。

道に不安になり、いろいろと話を伺う。



小繋・十字路

十字路で、右は開拓農道と書いてあった。
ここの地名は一戸町中山から小繋(こつなぎ)と変わる。

この道を左に行くと、IGR小繋(こつなぎ)駅方面である。

そして、直進し急坂(よの坂)を下るのが近世の奥州街道で、
それ以前の奥州街道は、ここで左折して尾根伝いを北上していた。

東北自然歩道新奥の細道は、この十字路で左折し、塚平一里塚の前を通り、
IGRの小繋駅方面へと案内されている。

旧奥州街道案内板
  小繋十字路にある旧奥州街道案内板だ。江戸日本橋から津軽半島まで、街道筋には並木が整えられ、一里塚が造られてあった。
  岩手町御堂観音から一戸町小繋までの間は旧街道がほとんどそのまま残され、一里塚が3箇所連続して残されているところとあった。  


塚平一里塚

小繋の十字路を左折して480mの所にある塚平(つかだいら)一里塚である。
近世以前の奥州街道はここを通っていた。

一里塚の造られた年月は不明であるが、
前後にある一里塚からの距離はほぼ4kmと
江戸時代に築かれた一里塚と同じ間隔とのことであった。

lなお、ここの地名は、一戸町小繋字東田子となっており、
この辺の下に東北新幹線の岩手一戸トンネルがあるところである。



小繋・旧街道

塚平一里塚の先の尾根を右に入った道である。
これが、近世以前の奥州街道である。

行ける所まで歩いてみようと思ったが、
予想通り途中で薮が深くなり道筋が分からなくなり、
諦めて、もと来た道を戻った。


(一戸町中山、小繋)
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歩行略図
一戸町・中山〜旧中山〜火行〜小繋〜笹目子



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