紀行写真集



福山街道(松前街道) 1
北海道・木古内~松前


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JR木古内駅

本州・津軽半島のJR蟹田駅16:22発スーパー白鳥25号に乗り、
津軽海峡線で北海道の木古内(きこない)に着いたのは17:13であった。

蟹田・木古内間は、殆どが青函トンネルであったので、、
あっという間であった。

木古内駅に着いた時には、
初冬の日は短く、辺りは早、薄暗かった。

駅舎に書かれた「北の大地の始発駅」、
「寒中みそぎ」文字が印象的であった。

寒中みそぎは、
天保2年より続いている厳寒の海に御神体を抱いて入り、
豊漁豊作を寿ぐ祈るとのこと。

平成26年は1/13,14,15に行われるとのことだ。



木古内、ホテル吉澤

JR木古内駅から津軽海峡の方に向かって7-8分で、
予め予約してあったホテル古澤に到着。

北海道最初の宿となった。
食事は、宿併設の和風レストラン吉澤であった。



松前湾、白神岬

翌朝、木古内駅発7:38の朝一番の函館バスに乗り、
松前町の松城バス停に着いたのは9:30であった。

松城バス停から見た松前湾である。

正面に見えるのは白神岬で、右側に薄く見えるのが、津軽半島である。
白神岬と、龍飛崎の距離は19.5kmであるが、今日は少し霞んでいた。



沖口役所跡

松前港の沖口役所跡である。

現在は、沖口広場として整備されている。
写真左に、松前湾の海面が見えるところだ。

ここの地名は、北海道松前郡松前町松城である。

松前藩がここに沖口役所を置き、
船の出入りの取り締まりを行った。

松前奉行所跡は、現在松前町役場となっているところだ。



沖口役所碑と菅江真澄上陸の地標識

松前沖口広場の一角に「沖口役所」碑(写真左側)がある。
その右側には、「菅江真澄上陸の地」と書かれた標識があった。

菅江真澄は、江戸時代の三河生まれの旅行家だ。
信越、東北、蝦夷地を訪れ、各地で民族習慣や、風土、宗教、
そして自らの詩歌、スケッチ画を残している。

蝦夷地には寛政元年、福山(松前)から函館まで
海岸線を歩いた記録を残している。
蝦夷地の様子や風俗、言語などを
「昆布苅(ヒロメカリ)」として上下2巻に纏めている。

なお、平凡社より「菅江真澄遊覧記」として東洋文庫に収録されている。


(北海道・木古内~松前)
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