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旧中山道六十九次 ぶらり徒歩の旅 37

細久手〜津橋〜謡坂


作者 Hitosh



細久手


旧中山道・東海自然歩道



細久手の宿の若女将の好意で、朝6:40に朝食を頂く
おかげで、朝7:00に出発出来た(感謝)

細久手を抜けると、一本道が続いている
ここは東海自然歩道に指定されているところだ

大分田圃が目立ってきた


(岐阜県瑞浪市日吉町細久手)




平岩の集落



坂を下ると平岩の集落が見えてきた

瑞浪領主土岐頼元が
永享11年(1439年)に開基した開元院(かいげんいん)の
あるところとして知られている

美濃の守護であった土岐頼兼や一族の墓がある


(岐阜県瑞浪市日吉町平岩)

秋葉坂

秋葉坂三尊





平岩の集落を抜けると舗装は無くなり
山間の道となる

その途中右側の石室の中にあるのが
秋葉坂三尊である

馬頭観音、千手観音、そして秋葉前立仏である
明和5年(1768)の作とのこと


(岐阜県瑞浪市日吉町)



鴻之巣一里塚





秋葉坂を上ると快適な尾根道となっている

その途中に鴻巣一里塚がある
左右に一対、きちんと保存されている

江戸から93番目(372km)の一里塚だ
鴻巣の一里塚を越えると、今までの瑞浪(みずなみ)市から御嵩(みたけ)町に入る


(岐阜県御嵩町津橋)



津橋集落





尾根より、坂を下ると津橋の集落である

山間にある集落で、北側に前沢ダム
南側に松野湖のあるところだ


(岐阜県御嵩町津橋)



諸の木坂





津橋の集落を抜けると
諸の木(もろのき)坂と呼ばれる上り道となる


(岐阜県御嵩町津橋)


謡坂


唄清水・一呑の清水





峠(物見峠)を越えると、謡(うとう)坂である

その途中左側に、岐阜県の名水に指定されている
唄清水と一呑みひとのみ)等の清水がある

「馬子唄の 響きに浪たつ 清水かな」
と尾張藩の千村某が詠んだことから
唄清水と言われるようになった由

此の辺は古代より湧水があり
峠越えする旅人の喉を潤してきたとのこと

今も静かな佇まいのところだ


(岐阜県御嵩町謡坂)


謡坂の一里塚



謡坂の一里塚である

旅人がこの急坂で、自分を元気付けるために
謡いながら歩いたことから、謡坂となったとか

なお、柳田国男の「遠野物語」によると
謡坂は陸奥・遠野の「ウド」と同じで、小さな切り通しの道をいうとのこと


(岐阜県御嵩町謡坂)


十本木立場跡



坂の途中に十本木の茶屋跡が残されている
この辺が十本木の立場であったところだ

ここに10本の松の木があったことから
十本木と呼ばれるようになった由


(岐阜県御嵩町謡坂)

謡坂の石畳



十本木立場を抜けると、謡坂の石畳となる

平成12年に修復されたもので
まだ真新しい立派な石畳であった

岐阜県の補助を受けて、御嵩町で「歴史の道整備活用事業」として
整備されたもの


(岐阜県御嵩町謡曲坂




キリシタン遺跡



謡坂の途中、右横の細い道に入ったところに
隠れキリシタン遺跡がある

今は新しい聖マリア像が建っている

昭和56年の道路工事の時、五輪塔の下に、十字架を彫った石が
数点発見されたとのこと

仏式の墓を装った隠れキリシタンの遺跡であったのだ


(岐阜県御嵩町謡坂)




西洞の耳神社



謡坂の石畳を抜けると、右手山の崖の上に
西洞(さいと=地名)の耳神社がある

耳の悪い人が錐(きり)を奉納すると
治ると伝えられている


ここより、さらに坂を下ると49番目の宿場・御嵩宿となる


(岐阜県御嵩町西洞)
0701/0702/1010



歩行略図

歩行距離 7.37km
(青線部を歩行)





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作者 Hitosh


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