紀行写真集
旧奥州街道ぶらり徒歩の旅 230
仙台城下・荒町〜北目町
Hitosh
仏眼寺 荒町通りを西に進むと、左側に日蓮正宗の法龍山仏眼寺がある。根檀家は江戸時代からの武士や商人を先祖とする家が多い。 江戸時代に二度の火災にあい、現在の本堂は嘉永2年(1849年)に再建されたもの。 なお、日蓮正宗(しょうしゅう)は、日蓮を宗祖とし、日興を派祖、富士宮市の大石(たいせき)寺を総本山とする宗派である。 |
荒町交差点 |
荒町の交差点である。左右の道は国道4号線で、旧奥州街道はこのまま直進である。 この辺まで来ると仙台の中心部に近く、高層マンションが目立って多くなってきた。 なお、荒町は藩政時代、仙台城下にあった6つの「御譜代町(ごふだいまち)」の一つで、 伝統ある地域であった。 他の郷譜代町は、大町、肴町、南町、立町、柳町で、伊達家が米沢から岩出山、 仙台と移転する際に共に移転してきた由緒ある町で、それぞれ商品(荒町は麺)の専売権と 御日市(おひいち)と呼ばれる定期市の開催が認められていた。 |
仙台市青葉区 |
五橋町並み |
喧騒な荒町交差点を過ぎると、若林区から青葉区の五橋(いつつばし)に入る。 そして、森重旅館の前を右折すると静かな町並みとなった。 路傍に石の標識があり、「田町清水小路」、「田町通り」と刻まれてあった。 写真前方の書店は塩川書店で、この道の左側は東北大学片平キャンパスのあるところだ。 片平キャンパスというと、現在東北大学にある5つのキャンパスの中では 尤も古くからあるところで、東北帝国大学時代の建物が多く残されているところである。 帝大時代に私の父が学んだところで、私にとっても懐かしいところであった。 |
二十三夜堂 |
北目町に入ると街道右側に二十三夜堂がある。 正しくは天台宗北目山賢聖院(けんじょういん)といい、延久元年(1069年)の創建で、 午年の守り本尊・得大勢至菩薩を祀る寺だ。 二十三夜堂とは、月が勢至菩薩の化現(けげん)であり、 陰暦23日の夜に人々が集まって、勤行(ごんぎょう)、飲食をしながら月の出を待つ 講(二十三夜講)が行なわれていたことによる。 江戸時代はここに高札場が置かれてあり、境内では富くじなども行なわれていたようだ。 |
華僑会館 街道左側の東北大学片平キャンパスに隣接してユニークな建物、華僑会館(宮城華僑総会)がある。 華僑総会は、第二次世界大戦後に、在日中国人の権益援護団体として華僑により結成されもので全国に分布している。 |
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